犬山城天守南面


■犬山城概略■

【所在地】愛知県犬山市犬山

<交通ガイド>名鉄犬山遊園駅から徒歩15分、または同線犬山駅から徒歩20分。


【地形種類】木曽川沿いの標高88mの丘陵上に築かれた平山城

犬山城天守(国宝)と木曽川


    
    城下町現況写真(平成12年6月撮影の航空写真。城下説明板より転載)


【縄 張】本丸から南へ、杉の丸、樅の丸、桐の丸、松の丸をほぼ連郭式に並べた形であった。この曲輪のさらに先(南側)には大手門が位置する。本丸の背後は木曽川によって守られており、いわゆる「後堅固」の構えとなっている。

 犬山城下絵図は、犬山城の城郭と城下町の形態を元文5年(1740年)に描いたものを明治4年に写した絵図。上の航空写真と比較しても、道路の配置など「総構え」の特徴が良く残っている。


【文化財指定区分】天守(国宝)

望楼型天守南面
 
外観 三重(内部四階、石垣の中二階付。


天守南東の切妻付櫓
 天守に直結して付櫓を設けた
形式(複合式)。

天守の石垣
 自然石をそのまま積み上げた石垣で、「野面積」と呼ばれる。勾配はゆるやかで、あまり高くない。低いのは室町時代の特徴。石垣の高さ5m。

天守内部
■一階 納戸の間 百五十畳
 中央部四室に区画した所があり、西南部に床が七寸高く、所謂、上段の間が南面して設けられ、天井、床の間、床脇等の痕跡もあり特別室になって居る。
 創建当時の城主の居間で、その北が武者隠の八畳で、万一を警護する武士の詰所である。東二間は共に納戸で六畳と十畳とあり、以上四室を取巻く二間巾の板の間は武者走りと言う。
■二階 武具の間
 中央部が武具の間で西北東の三方に武具棚がある。
■三階 唐破風の間 二十八畳
 小間合せて四十一畳。外観二重の屋根裏に当る。
■四階 物見の段 二十八畳
 四方に約半間の廻縁及勾欄あり展望がよい。


【犬山城の沿革】

 犬山城は、天文6年(1537年)に織田信長の叔父にあたる織田与次郎信康によって造られました。戦国時代なので、その後何代も城主が代わりましたが、1600年(慶長5年)の関ヶ原合戦の頃を中心に、城郭は整備されていきました。

 小牧長久手合戦(1584年)の際には、豊臣秀吉は大阪から12万余の大軍を率いてこの城に入り、小牧山に陣をしいた徳川家康と戦いました。江戸時代になり、尾張藩の付家老、成瀬隼人正正成が元和3年(1617年)城主となってからは、成瀬家が代々うけついで明治にいたりました。

 明治4年(1871年)9代目成瀬正肥のとき廃藩置県で廃城となり、櫓や城門など天守閣を除く建物はほとんど取り壊されてしまいました。明治24年の濃尾震災で天守閣の東南角の付櫓など、ひどく壊れました。それを修復する条件で再び成瀬家所有の城となりました。その後、伊勢湾台風でも被害を受けましたので昭和36年から昭和40年(1965年)まで4年間かけて解体修理が行なわれました。

 昭和10年(1935年)国宝に、昭和27年規則改正にともない改めて国宝に指定されました。国宝の犬山城、彦根城、姫路城、松本城の四城のなかでも、最も古い城であります。平成16年4月、財団法人「犬山城白帝文庫」が設立され、城の所有者は個人から財団法人になりました(文は現地リーフレットより)。


本丸門(鉄門)から見た本丸跡と天守


〜犬山遊園駅から犬山城本丸へ〜

▲名鉄犬山遊園駅
 訪城時、犬山遊園駅から木曽川沿いを行き、帰りは、城下町を散策して犬山駅を利用しました。
 


▲ツインブリッジ犬山橋からの眺め
 木曽川左方に犬山城天守、中央は伊木山。



▲東から見た犬山城天守
 犬山遊園駅から城へ向かっていく途中の道路から撮影。



▲犬山城の麓から眺める木曽川


▲犬山城東側の麓を流れる郷瀬川



▲古来の登城口
 
城前広場前の登城口で、この道は大手道です。



▲橋を渡ったところが中御門跡
 右手は松の丸跡になり、三光稲荷神社、針綱神社などがあります。




▲「松の丸」跡の神橋(太鼓橋)
 この場所は、針綱神社境内となり、ここからも犬山城本丸に行けます。



▲中御門跡
 天守閣に向う登城道の始めの門を中御門と言い、近くに番所もあったところ。



▲矢来門跡(手前)と松の丸門跡(後方)


▲矢来門跡
 
この位置に矢来門という門があり、現在門礎の一部が残っている。



▲松の丸門跡(手前側)と黒門跡(後方)
 
松の丸門は、登城道から矢来門を通過し、天守又は、松の丸御殿に通じる門。



▲黒門跡

▲岩坂門跡
 
復興された隅櫓(左)と右奥は本丸門(鉄門)。


岩坂門跡石垣と隅櫓(復興)
 登城道最後の坂を登りつめたこの位置に、岩坂門があったところ。

本丸門(復興)
 岩坂門跡から見た本丸門。本丸門は登城道最後の本丸出入口で外側が鉄で防禦されていたので鉄門と言われていた。
 本丸門をくぐると、眼前には古式豊かな天守がそびえる。
(注)現在の本丸門は旧門とは関係はない。

本丸跡と天守

七曲門跡(別名 見晴門)
 天守の東側に位置し、現在門礎が多く残って旧状をよくとどめている。後方が本丸門、画像には写っていませんが、右側に天守が位置する。


スライドで巡る犬山城天守と城下町をご覧下さい


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木曽川に架かる犬山橋から望む犬山城