経山城跡
名 称  経山城跡(きょうやまじょうあと)平安時代、この一帯は山岳仏教の霊場として栄え、多数の経塚が築かれたことから、この城は経山城と呼ばれている
所在地 総社市黒尾
形 式 標高372.7mの経山山頂に築かれた「山城」
指定区分 総社市指定史跡(平成11年4月28日)
遺 構 石垣 曲輪 堀切
 概 要 経山城は、守護大名の大内氏が天文年間に築いたといわれる山城です。天文12年(1543)に赤松春政、元亀2年(1571)に尼子晴久の城攻めがあり、天正10年(1582)の高松の役後に廃城となったと考えられます。城は、山頂の主郭を囲むように壇や郭、曲輪を配し、さらに石垣や石塁、堀切を備えるなど、城の形状がよく残されている山城です(説明板より)。
経山城跡北面に残る石垣
経山城では、この場所に唯一、石垣の一部が僅かに見られる。





  
(左)鬼ノ城に向う林道の左側にある登り口。(中)登り口から約5分位で尾根に辿り着き、ここにも石柱が建つ。(右)尾根伝いにしばらく進むと経山城の北側(下写真)に到着。



経山城北側
 ここから南方向に、石垣、土塁、空堀などで区画した城跡が展開する。三方は谷に囲まれ、城に入るには、この北側からしか入れない形態。



崩れたと思われる石垣の痕跡
城跡の現状

山頂の主郭部分
 経山城は小規模な縄張で、こじんまりとした山城。

経山城北側の郭跡
 奥左側の石垣は、冒頭に掲載した石垣の在る処。下の左右の写真は、その石垣下からの写真です。



当時を偲ばせる石垣下方は切岸の構え

石垣に使われたと思われる石が切岸に散在



経山城南側の郭跡

南側から望む山頂の城跡


経山城周辺図




経山城から見る鬼ノ城



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