「城の案内図」


11内堀

 本曲輪前面の内堀の規模は、堀幅約20m、深さ約10m、堀は逆台形の形に掘られた箱堀で、堀の底の幅は約6.75mであった。

本曲輪虎口

 二の曲輪側から見た虎口。虎口部分で、徳川時代の遺構である城門の礎石(建物の土台となる石)4ヶ所を確認。


12本曲輪

 本曲輪は、守城戦において最終拠点となる最も重要な曲輪である。曲輪の背後は絶壁で「後ろ堅固の城」の立地になっている。平成16年度から平成19年度にかけて実施した発掘調査で、焼土(焼けて黒くなった土)を挟んで上下二時代の遺構面(当時生活していた平坦面)を確認した。焼土より下の遺構面が武田氏時代のもので、上面が徳川氏時代と考えられる。


13カンカン井戸

 井戸は、内堀の底に位置している。

14水の手曲輪
15外堀

 左手は二の曲輪大手馬出となる。


16諏訪神社

 二の曲輪大手馬出に建つ。


17二の曲輪大手馬出
 東側から見た二の曲輪大手馬出。

17二の曲輪大手馬出

 外堀越しに見た大手馬出。右側の様子が、右写真です。


17二の曲輪大手馬出
17二の曲輪大手馬出

西側から望む大手馬出。


重ね馬出18二の曲輪東内馬出・19二の曲輪東馬出・20二の曲輪南馬出>

城域の南東端に配置された3ヶ所の馬出。左より東内馬出(左奥)、南馬出(手前側)、東馬出(南馬出の後方)。


18二の曲輪東内馬出

堀(左側)を挟んで二の曲輪に隣接する馬出。右側方向は東馬出となる。


 東馬出側から見た堀と東内馬出。右奥には不明ですが、土橋または土塁のようなものが見られます。右は拡大した写真です。



 土橋か土塁か、後世に改変されたものか。

19二の曲輪東馬出

城域の南東端に配置された3ヶ所の小規模な馬出の中で、最南東端に
位置し、諏訪原城の南東側防衛ラインの要の役割を担う曲輪であった。


 南側の外堀。発掘調査で、断面の形状がV字型の薬研堀であることが判明した。


 馬出平坦面。鉄砲玉と用途不明の銅製品が出土している。


20二の曲輪南馬出

3ヶ所の馬出の中で、南西端に位置する城内最小規模の半円形を呈する丸馬出。


 二の曲輪南馬出の南側に位置する外堀。堀の形状は、箱堀。




 上空から見る諏訪原城遠景(諏訪原城ビジターセンター掲示物)。
  
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続 諏訪原城跡
諏訪原城跡史跡整備事業の経過(現地説明板より)