岡山県指定史跡 徳倉  岡山市北区御津河内

徳倉(とくら)城本丸跡

本丸の石垣がよく保存されている

徳倉城跡鳥瞰図
(現地説明板に一部追記)

(徳倉城跡鳥瞰図の説明文)
築城の始めははっきりしないが、太平記によれば高師秀、康安2年(1362)守城とある。
戦国時代松田一族・宇垣氏の居城となり、松田氏亡んで遠藤河内守が居城したが
関ヶ原合戦後廃城となった。天守郭の石垣他たくさんの遺構がある。


徳倉城全景


搦手登山道入口
 搦手道は道路を左に曲がる。大手道は真っ直ぐ行った先にあります。


 
 大手登山道入口
《徳倉城について》 徳倉城は別名を戸倉山城、土倉城ともいう。標高232mの遠藤山に築かれた山城。戦国時代は、金川城主松田氏の出城であった。永禄11年(1568)、宇喜多直家が松田氏を滅ぼすと、宇喜多氏の将・遠藤河内守が入り、関ヶ原合戦後の慶長8年(1603)に廃城とされた。山頂の本丸に石垣が残る。
 登り口は大手口、徳倉神社横、搦手口とあり、本丸まで徒歩約30分くらいです。


本丸跡大手側


本丸跡搦手側 
本丸の野面積石垣







  
  井戸跡
  
  山頂からの眺め


徳倉城周辺図
(現地案内板に一部追記)


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