富山(とみやま)
(岡山市北区矢坂東町・矢坂本町)

富山城跡全景
矢坂山は、花崗岩の採掘が行われ、本丸周辺の山肌は削り取られている


【富山城概要】
 別名「矢坂城」。山城。伝承では、885年(仁和1)、土地の豪族・富山大掾(だいじょう)が築城して居城としたとあるが定かではない。応仁の乱で軍功をあげた金川城主の松田元隆が、富山氏から富山城を奪い拠点とした。
 1570年(元亀1)、宇喜多直家の攻撃を受けて松田氏は滅ぼされる。直家は弟忠家を城主としている。以後宇喜多氏の出城となったが、関ヶ原合戦後、備前に入った小早川秀秋により廃城とされた。


【富山城跡周辺図】
 城跡は、総社に向って国道180号線を行き、矢坂大橋の手前を左折し、矢坂小橋を渡り南へ少し行くと、右側に祠があり、その前から山に向って登山口まで行きました。



順路@
 写真は上の富山城跡周辺図@の場所です。
手前の道が右写真です。ここから本丸まで約30分。



順路A
 この道の先が左下Bになります。

順路B
 中央の細い道を山に向って行った所が右写真となります。

順路C
 さらに樹木の間の道を登って行きます。



順路D
 途中の景色。案内板には、桜植樹記念・矢坂山遊歩道
と書かれていました。

順路E
 茂みの間を登って行きます。本丸への案内板が無いので、
足跡をたどりながら登って行きました。



順路F
 ここにもDと同じ内容の案内板が立っています。

順路G
 登城道


H南出丸跡

「戦国時代 山城址」と書かれた標柱

標柱右側の文字は「南出丸址」



順路I
 矢坂山の頂上までもう少しです。
 

順路J
 矢坂山の頂上(標高131,6m)で、二の丸跡になります。
大きな石が重なり合っており、ここから左方向に本丸が位置します。


富山城本丸跡



本丸跡の現状


本丸跡の石垣