八代城跡

《所在地》熊本県八代市松江城町
《別名》松江城 白鷺城
《形式》平城
《築城年・築城者》元和8年(1622)。加藤正方
《遺構》天守台・石垣・堀
《文化財史跡区分》国指定史跡

■「八代城」とは
 「八代城」は、建武元年(1334)頃から明治3年(1870)にかけて八代地域に築かれた3つの城の総称です。
◆古麓(ふるふもと)城
 初代八代城である「古麓城」は、古麓の山上につくられた山城。
◆麦島(むぎしま)城
 2代目八代城である「麦島城」は、戦国時代に小西行長によって築かれた城。
◆松江城(八代城)
 3代目八代城である「松江城」は、大地震で倒壊した麦島城にかわって、麦島対岸に位置する松江村に新たに築城され、元和8年(1622)に竣工した城です。現在の八代城です。


八代城本丸西辺の石垣と内堀
 
左端の出隅は大天守台、その右は小天守台、右端角には月見櫓跡が位置する


【歴史概要】
 元和元年(1615)に一国一城令が出された後も、肥後国熊本藩は熊本城と麦島城(八代市古城町)の一国二城体制が特別に認められていましたが、同5年(1619)の大地震によって麦島城は崩壊しました。熊本藩主の加藤忠広(熊本城を築いた加藤清正の三男)は幕府から新城築城の許可を得て、城の再建を麦島城代加藤正方に命じて徳淵の津の北側に城を築くこととし、同8年(1622)に竣工しました。これが現在の八代城で、明治維新まで肥後国の一国二城体制が続きました。

 寛永9年(1632)、豊前小倉藩主の細川忠利が熊本藩主となり、忠利の父・細川忠興(=三斎)が八代城に入城しました。忠興は八代城の整備を行い、北の丸の隠居所には名木臥龍梅を植え、茶庭を設けました。

 八代城本丸の北西隅には外観4層、地下1階の大天守が造られ、渡り廊下を通して2層2階の小天守とつながっていました。大天守は、寛永12年(1672)、落雷によって焼失しました。現在、相撲場となっている場所の近くにはかつて能舞台がありました。本丸内には枯山水の庭園が設けられており、現在もその一部を見ることができます。また、発掘調査で見つかった八代城時代の井戸が保存されています。

 忠興が没した後1646年には、藩主細川光尚は細川家の筆頭家老でかつ将軍直臣の身分を持つ松井興長に八代城を預けました。これ以後、代々松井氏が八代城を治め、八代の発展に尽くしました。

 明治3年(1870)に八代城が廃城となり、同16年(1883)には八代町民の願いが叶い、南北朝時代の後醍醐天皇の皇子、懐良親王の顕彰のために本丸内に八代宮が創建されました。

 現在、八代城跡は八代市の中心的な歴史公園で、また桜の名所として親しまれています(城跡案内板より)。


【八代城本丸部分図】
(現地説明板に一部追記)
 現在では、八代城本丸の石垣と内堀が残る。かつて本丸を囲む内堀のまわりには、二の丸、三の丸、北の丸があり、その外側には出丸があり、その外側はさらに外堀で囲まれていた。本丸には大小の天守台と政治を行う大広間、城主の住む屋敷、能舞台などがあった。
 @大天守 A小天守 B月見櫓 C廊下橋 D宝形櫓 E欄干橋



本丸東辺と欄干橋
 手前の石垣上は宝形櫓跡、奥の突出ている石垣は磨(みがき)櫓跡。欄干橋を渡ったところが高麗門跡。


宝形(ほうぎょう)櫓跡から見た磨櫓跡と欄干橋
 道路右は二の丸跡で、今は八代市役所が建つ。


本丸北辺の廊下橋
 右の石垣は大天守台。

本丸南辺の様子
 手前石垣上は月見櫓跡。橋は明治時代に本丸に八代宮の社殿が建立された時に造られた神橋


【大天守台・小天守台】
■大天守台
この天守台に五層の天守が建っていた。
寛文十二年(一六七二)落雷により天守・櫓・長塀を焼失。小天守以下の建物は再建されるが、大天守は再建されなかった。

■大天守台と小天守台
本丸の北西隅に位置し、左端が大天守台、その手前が小天守台。小天守は二階櫓であった。


大天守台
 大天守は4階建てに地下1階の4層5階構造であったと考えられています。


大天守台の穴藏
 天守へは、小天守を経由して穴藏から大天守に上がって行く構造。


小天守台から見た大天守台

天守台から見た小天守台


小天守台
 本丸南西隅の月見櫓跡から見た北西隅の小天守台。芝生の上には長塀が小天守まで続いていた。


 
小天守台
 【本丸正門と裏門】

本丸正門の欄干橋と高麗門跡(本丸東辺)



写真上(左・右)
 欄干橋跡と高麗門跡。高麗門は「欄干橋門」とも呼ばれ、八代城本丸の正門に当る表枡形門の「一の門」になり、高麗門を通り抜け、鍵の手に曲がった所に「二の門」である頬当門がある。これは外部からの敵が直進して城内に入るのを防ぐために造られた。
 欄干橋は木造の太鼓橋であったが、現在はコンクリート製の橋が架けられている。

写真左

 城内から見た高麗門跡と欄干橋。


本丸北辺に位置し、本丸搦手口にあたる廊下橋と廊下橋門跡

「写真右」大天守台から見た廊下橋

「写真下」
廊下橋と廊下橋門跡。廊下橋門は、本丸の裏門にあたる裏枡形門の「一の門」

「写真右下」
城内からの廊下橋門跡と廊下橋

 



 【櫓跡】


唐人櫓跡

月見櫓跡
 右の橋は、後世に造られた神橋。


宝形櫓跡
 宝形櫓は方形櫓とも表し、二階建ての櫓であった。

磨櫓跡
 高麗門の南側にあった平櫓。右に見える橋は欄干橋。


  


八代駅

【交通ガイド】
 JR鹿児島本線「八代駅」からバスで約15分、「八代宮前」下車すぐ。
 

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