続/福山城

JR福山駅北口から望む福山城(東面)


水野勝成之像
 水野勝成は、元和5年(1619年)備後10万石の藩主に封ぜられるや
この町を開き、福山と命名した。



福山駅北口からすぐの福山城入口
 石垣上には伏見櫓がそびえる。
福山城地図(現地説明板に一部追記)

A[国史跡]福山城跡 B鏡櫓 C月見櫓 D湯殿
E[国重文]筋鉄御門 F[国重文]伏見櫓 G市重文]鐘櫓

天守の内部は福山市立福山城博物館

 [外観復原建造物]
■天守(博物館) ■月見櫓 ■鏡櫓 ■御湯殿

守閣・月見櫓は昭和41年(1966)に、鏡櫓は昭和49年(1974)に、それぞれ外観復原


湯殿は昭和41年(1966)に外観復原


天守(博物館)南面
 福山城の城郭は南面し、天守閣は本丸の北隅に位置している。五重六階地下一階、別に二層三階の付櫓をもつ複合天守で、外見は六階のようにみえる。一重目の南北面と二重目の東西面は比翼入母屋、その他の各層には千鳥破風や唐破風を設けている。


天守東面
 鉄筋コンクリートで再建。現在は福山城博物館として、福山を中心とした歴史と文化を物語る資料の展示を行っている。


 

月見櫓
 月見櫓はもと京都、伏見城内にあったものを移築したものといわれ、本丸の東南隅に位置し、望楼の役割を成していた。明治の初め頃とりこわされたが、昭和41年(1966)に天守閣とともに外観復原した。


鏡櫓(文書館)
 本丸の東側に位置し、東南隅の月見櫓から北へのびる塀でつながれ、6間と4間の広さをもっていた。明治6年廃城の際とりこわされたが、昭和48年9月30日外観復原がなされた。この鏡櫓は福山城博物館の文書館として昭和49年4月2日開館した。


御湯殿(外側)
 京都伏見城内にあった豊臣秀吉の居館を移した伏見御殿に付随した建築で、国宝に指定されていた。建築の一部は石垣上に張り出し、内部は物見の段と風呂の間とにわかれていた。



御湯殿(内側)
 芝生部分は伏見御殿跡。御湯殿は、昭和20年の戦災により焼失したが、昭和41年秋、外観、内部ともに復原された。

  [復原建造物以外の見どころ]

伏見御殿跡
 城主の居館跡。右奥は御湯殿。

 

黄金水
 本丸に現存する唯一の井戸。


二之丸東側の櫓・門跡
 @鹿尾菜(ひじき)櫓跡、A東上り楯(ひがしのぼりたて)御門跡、B東坂三階櫓跡。左側は天守。


東上り楯御門跡


二之丸東側石垣と天守


天守の礎石
 二之丸北側に移設展示されている。


本丸石垣

本丸跡
 天守から望む。後方はJR福山駅と福山市街。


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