国指定史跡 九戸城(くのへじょう) 続日本100名城

九戸城エントランス広場(三ノ丸跡)から本丸西側の切立つ法面(木道後方)を望む



【訪問日】
2022年11月17日(初訪問)
【所在地】岩手県二戸市福岡城ノ内
【アクセス】レンタサイクル(約10分)にて訪問。左/周辺案内図(二戸駅構内案内板に一部追記)の赤線ルートを進むと印(上写真)の場所に案内標識があります。は九戸城ガイドハウスです。レンタサイクルは、二戸市観光案内所(二戸駅隣接のカシオペアメッセ・なにゃーと)にて受付。


九戸城の歴史(築城〜廃城)

 九戸城は、九戸氏が明応年間(1492〜1501)に築城したといわれる。九戸政実(まさざね)が城主の頃、豊臣秀吉による奥州仕置で奥羽が混乱する中、三戸南部26代当主・南部信直は秀吉から本領を安堵された。一方、奥州仕置や信直に不満を持つ糠部(ぬかのぶ)の領主たちは政実のもとに結集、天正19年(1591)春、政実はついに蜂起したが、同年9月、秀吉がおくった再仕置軍に包囲され、政実は降伏し九戸城は落城した。再仕置軍の蒲生氏郷が再普請して信直に引き渡し、信直は南部氏の本城とし名を福岡城と改めた。その後、信直の子利直が福岡城を築き、本城を移した後は城代が置かれたが、寛永13年(1636)に廃城となった(現地説明板より)。


九戸城跡の特色(九戸城と福岡城)
 九戸城跡では、奥州に見られる中世城郭の特色をもつ九戸城と、西国様式(織豊系)の近世城郭である福岡城の、2つの時代の城郭を見ることができる。現在の本丸・二ノ丸・松ノ丸は、福岡城期の姿である一方、石沢館・若狭館は、九戸城期の特徴を色濃く残している(現地資料より)。


【縄 張】
 河岸段丘上に築城された平山城。本丸・二ノ丸・三ノ丸・若狭館・石沢館(外館)・松ノ丸の曲輪で構成されている。

はガイドハウス。城図は現地説明板より)


【史跡案内図】

(現地説明板より)


九戸城跡の見どころ
 九戸城跡は昭和10年(1935)6月7日、国の史跡に指定された。豊臣秀吉が全国統一を果たす最後の合戦場となった歴史的舞台であり、本丸には東北最古級といわれる野面積の石垣が残り、東北の中でも大規模な城郭であったことが指定理由として挙げられる。
 城は馬淵川(まべちがわ)右岸の河岸段丘上に位置し、馬淵川・白鳥川・猫淵川を外堀とする。また、二ノ丸と松ノ丸・在府小路(ざいふこうじ)の間に巨大な堀(深田堀・ふかだぼり)がある。現在の本丸、二ノ丸、松ノ丸は落城後に再普請された福岡城期の姿であり、九戸城期の姿を留めているのは石沢館(いしざわだて)、若狭館(わかさだて)と推定される(現地説明板より)。


野面積の石垣(本丸南側堀)



深田堀
 深田堀は幅が60mもあり、現在この堀には車道が走る。左断崖は、二ノ丸南側の切岸(浸食崖)。

九戸城跡散策

訪問時(2022年11月17日)、城跡整備工事に伴い、本丸内立入禁止、二ノ丸の一部立入禁止、園路等の一部通行止めになっていました。
そのため、現在地から赤線に沿って下へ進み、深田堀から二ノ丸大手、二ノ丸跡、そして、二ノ丸跡から本丸の虎口・堀・石垣を見学しました。

(案内図は現地説明板より)


ガイドハウス(画像左側の建物)があるエントランス広場
 この場所から散策開始です。城跡整備工事が行われていますが、九戸城の見どころは堪能できます。

上「案内図」現在地の場所
 画像中央の木道はもともと存在しませんが、エントランス広場から九戸城本丸西側に至るため、新たに設置したものです。本丸西側の切立つ法面から順に腰曲輪土塁が並び、木道の上からはその景観が一望できます。



本丸西側
 手前から、土塁・堀・腰曲輪と画像右上部分は本丸法面。

本丸西側の土塁
 土塁右側は堀跡。



本丸西側の切立つ法面
 木道を渡って腰曲輪を左に進むと二ノ丸搦手に行きますが、発掘調査中のため通行禁止になっています。



本丸西側の切立つ法面
 法面すぐ下の園路は腰曲輪。この腰曲輪を右に進むと深田堀に至ります。


堀跡
 右奥が下画像の現在地になり、ここからこの後、深田堀へと向かって行きます。



腰曲輪から見た堀に架かる木道
 木道左が土塁。


(現地説明板より)


二ノ丸南西面の切岸(上「案内図」現在地の場所)


同じく二ノ丸の切岸
 九戸城の各曲輪は、このような切岸で築かれています。ここから右に進むと九戸城の見どころの一つである深田堀です。
 その前に、三ノ丸跡と松ノ丸跡の画像を掲載します。



三ノ丸跡
 駐車場の場所が九戸城エントランス広場。


松ノ丸跡


【二ノ丸切岸(深田堀)】

(現地説明板に一部追記)


大手門脇堀跡(深田堀)
 ここは九戸城の二ノ丸と松ノ丸、在府小路(武家屋敷)を隔てる堀跡です。底での幅が60mもあり日本の城跡でみられる堀跡としては最大級の立派なもので、城の時期によっては水堀であった可能性もあります(現地説明板より)。
 道路左側が二ノ丸切岸、右側の墓地のある一帯が松ノ丸、道路の先は、在府小路、二ノ丸大手門となります。


深田堀から見る二ノ丸切岸
 敵の侵入を阻む目的で人工的に斜面を削って作られた断崖。


二ノ丸切岸
 二ノ丸南側の深田堀は、高低差が約10mあります。



 



        次は、九戸城内を巡ります。
          
              



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