<第3・4水門〜東門〜鍛冶工房跡〜礎石建物群〜北門>を巡る

鬼城山案内図(説明板より)

■第3水門跡

 城内には、第1水門から第5水門に通じるそれぞれの谷に貯水池を設けて、水を管理していました。
 水門は貯水池(水くみ場)があるので、水を取り入れるというより排水の機能と考えられています。(説明板より)

第3水門跡

■第4水門跡


 第3水門、第4水門ともに、排水方法は、排水施設を設けて石垣の上から放水させる方式。なお、第0水門と第1水門は、基底部から排水する自然浸透式の水門。(説明板より)

■東門跡
東門は、西門や南門に比べるとやや小ぶりとなる間口1間(3.3m)、奥行き2間(5.6m)の掘立柱城門

鬼ノ城の南東部に位置する史跡整備された東門跡


(平面図は説明板より)


 門の入口は2m以上の段差を設けた懸門構造とし、扉を入った正面には侵入を妨げる巨大な岩を利用して、防御機能を高めています。
 この城門は、他の3門が角柱を多用するのに対し、すべて丸柱が用いられるなど、やや異なった特徴をもっています。
 麓からの山道は今でも利用されていますが、鬼ノ城がつくられた当時の登城道と重複している可能性が高いいうです。(説明板より)
■屏風折れの石垣

鬼ノ城で最も著名な高石垣。血吸川の急崖上に舌状に構築されている。

■鍛冶工房跡 
 鬼ノ城を築くために使用した、鉄の道具を製作・修理した場所です。城づくりには、山を削り、岩を砕くなどの作業に鉄の道具は欠かせません。ここでは、9基の鍛冶炉が発見されました。(説明板より)

写真中央奥の表示物の位置が右写真の炉6になります。





発掘調査の状況(説明板より)
 炉の周囲からは、砥石(といし)・鉄滓(てっさい)・羽口(はぐち)などが出土したほか、鉄を鍛える時に飛び散る鍛造剥片(たんぞうはくへん)や粒状滓(りゅうじょうさい)も多数発見された。


■倉庫群跡
 鬼ノ城の中央部分には、柱の基礎に石を置いている7棟の建物(礎石建物)が発見されています。
 礎石建物1〜4・7は、床を支える柱のすべてに礎石を置く建物(総柱建物)であることから、相当な重量を支えたものと考えられます。おそらく城内で必要な穀物や武器などを収めた高床の倉庫群であったと考えられます。
 なお、一部の礎石には直径45〜50pの丸柱を載せていた痕跡が残っていました。(説明板より)

礎石建物3


礎石建物4


礎石建物1〜4・7が倉庫群跡(礎石建物配置図は説明板より)


建物想定復元図(説明板より)

■管理棟跡
 右側の「礎石建物5・6配置図」の礎石建物5・6は、建物の外側に沿った柱の基礎に石を置く建物(側柱建物)で、6間×2間の細長い建物になります。 
 建物の構造や周辺から須恵器を再利用した硯も出土していることから、役人が駐在した管理・運営に必要な施設であったと考えられます。(説明板より)

 

 礎石建物5・6配置図(説明板より)
 


 礎石建物5想定図(説明板より)
 

■北門跡
 唯一背面側にある城門です。基本的な構造は他の西門・南門・東門と同じ掘立柱城門で、通路床面には大きな石を敷いています。規模的には大型の西門・南門に対し、東門とともにやや小型の城門です。
 通路床面とその前面の地面に1.7〜2.3mの段差があり、こうした城門を朝鮮半島では「懸門」と呼んでいます。門柱は本柱のみ角柱で、他は丸柱であり、柱間の寸法も異なるなど、特異な組合わせです。
 通路床面下には「排水溝」が設けられており、これは日本の古代山城では初の発見例です。類例に高松市の屋島城があります。上屋については検討中であり、柱の高さは仮のものです。(説明板より)


城内側から見た城外


城外側から見た城内
 鬼ノ城最初のページに戻る


■地域別訪問城に戻る