続編 鶴ヶ岡城跡
二の丸跡とその周辺 / 致道博物館



二の丸堀(北側)
 堀の左側は二の丸跡、右側は三の丸跡。三の丸跡に建つ建物は鶴岡南高校で、かつての七っ蔵跡。


旧庄内藩 七っ蔵跡
 山形県立鶴岡南高等学校の敷地は、旧藩時代の「七っ蔵」と「家中屋敷」の地域である。七っの蔵は、それぞれ南北に奥行を持ち、東より中川蔵・山中蔵・京田蔵・御扶持方蔵(二棟)・嶋蔵・櫛引蔵の順で並び、藩の扶持米を収めていた。藩士は米札と引き換えに飯米をこの蔵より受け取ったのである(現地説明板より)。


二の丸 外北門跡
 三の丸側(鶴岡南高等学校側)から見た外北門跡。門の両側には土塁が築かれている。


二の丸 外北門跡
 城内(二の丸)から見た外北門跡。後方の建物は、鶴岡南高等学校。

二の丸跡
 
ここは、かつての御馬場跡です。


二の丸外北門跡の土塁


北西隅から望む二の丸堀
 堀の後方の橋は外北門跡。



二の丸西側の堀
 写真中央には、致道博物館内の建築物が見えます。


▼新百間堀

 堀跡に再現された新百間堀。藩政時代の百間堀を偲ばせる。


国指定史跡 庄内藩校 旧致道館

 庄内藩の藩政立て直しを目的に、文化2年(1805)に庄内藩酒井家9代忠徳(ただあり)公が創建した藩校。

致道博物館(CHIDO MUSEUM)
鶴ヶ岡城の三の丸、酒井家の御用屋敷跡に整備された博物館。明治期の擬洋風建築「旧西田川郡役所」、「旧警察署庁舎」と田麦俣の多層民家
「旧渋谷家住宅」が移築されており、館内には民具や庄内竿など庄内地方の生活文化の特色と変遷を知る上で貴重な資料が保存展示されている。


旧庄内藩主御隠殿(ごいんでん)
 幕末に11代藩主酒井忠発(ただあき)が建てた隠居所。


旧西田川郡役所(きゅうにしだがわぐんやくしょ)
 明治初期の擬洋風建築で、バルコニーと塔屋・時計台が特徴。


旧鶴岡警察署庁舎
 明治新政府の威信を示すために建設したとされ、擬洋風建築における一つの到達点を示すものと評価されている。


酒井氏庭園
 御隠殿の書院庭園で、築山林泉庭園の様式。


旧渋谷家住宅(多層民家)
 出羽三山の山麓・田麦俣の民家。山峡の豪雪地帯に適した構造をしている。


民具の蔵(旧御隠殿土蔵)
 この土蔵は江戸時代末期に御隠殿に付属して建てられました。明治時代以降は、旧藩主酒井家伝来の武具や調度品類を収納していました。


旧酒井家江戸屋敷 赤門
 田安徳川家の姫君が酒井家へ輿入れした際に建てられた門で、江戸中屋敷から移築し、御隠殿の門にしたと伝わります。



右より、赤門、旧鶴岡警察署庁舎、民具の蔵
 JR羽越本線車窓から月山(出羽三山の一つ)をのぞむ


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