続編 脇本城跡

■大土塁

最大高低差が6mほどにもなる脇本城跡最大の土塁。土塁下、説明板の所には井戸が築かれてる


大土塁上への登り口

コの字形の大土塁(上部)と土塁両横は曲輪跡
 土塁右側は、脇本城東端にある「城主の館」と推定される曲輪跡。左側は、「儀式を行う場所」といわれる曲輪跡。


土塁上部の発掘調査写真「塀跡」(説明板より)
 土塁上からは塀跡が見つかっています。

大土塁下の井戸跡
 内館地区には確認されている井戸跡が5つある。


■空堀

内館地区北側の曲輪群を分断する空堀跡をのぞむ


空堀跡


空堀跡と虎口跡
 案内板の左上が虎口跡周辺。


 ■井戸跡

左側のエゾイタヤの大木の下と、右側の木の下に井戸跡が残る。


 内館地区南側(天下道の南側)<館跡群跡>

館跡群跡

跡群跡
 この付近一帯には数多くの館跡があり、脇本城主である安東愛季の家臣屋敷があったところと考えられている。



跡群跡から望む日本海
 日本海と船川港、右方向には男鹿半島の信仰の山である真山、本山が一望できます。

■西側土塁
脇本城の西側には南北約250mの土塁が築かれています。

(西側土塁位置図は説明板より。一部追記)


■南端の曲輪

南端の曲輪
 内館地区の南端に位置する曲輪で、海側にはまだ城が続いていたとされていますが、長い年月の中で、海に崩落してしまいました。
 今、見えている曲輪は発掘調査の結果、初めは大きな曲輪だったところの南側に厚く盛土し、上下2段に整備されたことがわかりました。
 また、これらの曲輪からは、柱を立てた穴が並んで見つかりました。穴の下からは、スギ板で作られた礎板(そばん。柱が安定するように敷いた板)が見つかっています。



南端の曲輪
 右側(西側)に土塁が築かれている。
■中央部の曲輪

内館地区のほぼ中央部に位置する曲輪


中央部の曲輪
 曲輪からは、掘立柱建物跡、溝の跡などが見つかっています。

中央部の曲輪
 曲輪の端からは直径20pほどの小さい柱の穴が並んで見つかりました。ここからは陶磁器等の他、火縄銃の弾丸や骨でつくられた「さいころ」が見つかっています。


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